やすです。

ゲストハウスをやっていますと、それは色んな面白い人が次々にいらっしゃいます。なかでも時折訪れる旅人は、まあまず話が尽きることがありません。私たちが中途半端なバックパッカーということもあって、予算が尽きて志半ばで中米・北米にもいけずに旅を終えたという経緯もあり、長い旅をしている方の話は興味が尽きません。

 

特に印象的だったのは、7年間一度も帰国せずに自転車で世界を回っているチャリダーのかずさん!おもしろくぶっ飛んだ話を毎日聞かせてもらいました。そういったお客さんが来た時は、家に居ながら旅しているかのような錯覚に陥ります。

 

そして、最近私の心をグワッとわしづかみにした衝撃の人間がいます。今回はこの方にフォーカスした記事を書いてみようと思います。

 

はっきり言って私の稚拙な表現では到底伝えられないほど、本当に心揺さぶられる事をやっていますが、セブやタクロバン在住者でも、こんなスゴイ学生がいることは、知っている人はほとんどいないと思います。

 

・・・そこがまたかっこ良いんです!

人知れずスゴイことしてるなんて、男のロマンだと思いませんか、皆さん笑!

 

セブには、知名度はなぜかやたら高く、メディアにも度々取り上げられるけど、個人的には「・・・ふ〜〜〜ん」って思うような活動をしている人もいます。上手に資金集めをして、効率よく、人も集めて、うまいことやっているように見えていても、やっぱり考え方とか、その活動への気持ちとか意気込み、本質的な部分が「ふ〜〜〜ん」な人が多いんですよね。

 

・・・ま、要は好きじゃないんですね。

効率とかお金のことばっかり考えてる人が。あと他力本願で努力しない人も。

 

話はちょっとそれますが、近道ばっかりする考え方の人・・・これどうも最近多いと思いませんか?特に意識高い系の大学生なんかと話してると、最短距離で成功しようと考えてる人が多いこと多いこと。何の本読んだの?と聞きたくなるぐらい、みんな決まって同じような事言うし、要は近道したいんだねーって感じの事を言います。人脈をひけらかし、何段飛ばしかってぐらいのワープをかましたがるんです。

 

いや、それもきっと時代だと思います、最短で成功できたらそりゃいいですよね。そして、それがかっこいいんしょう、理想にするのも道理。でも、もし失敗した時、基礎ができてない上にそこまでの順序だった道筋もないから、ボッロボロに崩れて大変なことになると思うんですよね。

 

クラウドファウンディングとか、スポンサーとかにしても・・・そういうのを上手に使って資金集めや事業に成功している人は、みんなものすごく努力してます!でも安易にそういったことを口走るような人間は、総じてただ楽したり近道したいだけの浅い人間のように感じます。

 

楽して金儲け、不労所得・・・昭和生まれで泥臭いのが好きな自分には、この類の話はあまり気持ち良いものではないですね。別に無駄な努力を美徳とするわけではないんですけど、平たく言うと丁稚奉公が全く無駄とは思わないタイプですわたし。

 

そんな絶望にも似た最近の若者像に全く当てはまらないのが、彼なんです。彼は平成生まれのくせに、すごくすごく泥臭いんです!彼のエピソードの端々に感じる昭和臭(見た目じゃないですよ笑)・・・転んでもタダでは起きないタフさや、目的を達する為の努力を惜しまない姿勢とか、そこらへんに昭和を生きた人間の泥臭さを感じるんですよね。。近道もしないどころか率先してコツコツ地道に、お金のことも最低限、でもちゃっかり大学からプロジェクトでお金ださせるインテリさも持ち合わせてて・・・。

 

コツコツと誰も見ていないところでこっそりと努力して、今着実に成果をあげようとしている・・・そこが本当にかっこいいじゃないですか!

 

いつものせかゆるからちょっと脱線しますが、そんな彼のストーリーに少しだけお付き合いください。

 

プロフィール

彼の名は大野くん。

1992年生まれ、現在25歳。
滋賀県立大学 建築学科院生の2回生。

 

彼は今、タクロバンに住んでいます。

タクロバンってどこやねん!って言う方は下記MAPをどうぞ。

 

 

彼がなぜ今タクロバンに住んでいるかと言うと、タクロバンのスラム強制移住地域で、教会を作ろうとしています。

 

それでは、なぜ教会を作るのか?

なぜタクロバンなのか?

 

それを説明するには、大野くんの経歴を説明する必要があります。

 

被災地への関わり方を知った東日本大震災

大野くんが大学に入学した年に、未曾有の大災害であるあの大地震が起こりました。彼は入学してすぐに、ゼミの先生と共に気仙沼を訪れました。跡形も無くなってしまった町・・・大津波は住民がその町の未来について話し合う場所もすっかり奪ってしまいました。

 

未来を語り合いたくても、語り合う場所がない

という被災地の方の言葉をきっかけに、構造を専門とするゼミの先生主導のもと、現地で生息していた竹を切ってそれを建築材料とし、「竹の会所」というコミュニティースペースを造りました。

耐用年数が短い竹は本来建築のメインの素材としては不向きで、さらに建築基準法でも禁止されていたものですが、なにせ大きな被害のあった被災地でのこととなると話は別。とにかくスピーディーに作り上げた、独特な形状をしたこの建物は、その美しいシェイプもさることながら、重機を使わずに建設できること、学生が作業するため危険な高所作業を避けることなどの条件も考慮されている大変合理的な建築物として、またたく間に世界の建築界で有名になったそうです。

 

 

この竹の会所の建設に携われたことで、非常に多くの学びがあったという大野くん。建設中に大きな台風が来てすべてなぎ倒されるという不運なアクシデントも、今となっては彼の強いメンタルを作り上げた経験になったことでしょう。

 

なお、この竹の会所は、ボランティア団体のもと今でも半年に一度のメンテナンス作業を行い、気仙沼に存在し続けています。

 

 

タクロバンとの出会い

その後しばらくして、突然フィリピンとの出会いの機会が訪れます。

 

 

2013年11月に超大型台風(フィリピン名:ヨランダ)によって町の80%の建物が崩壊という、壊滅的被害をうけたタクロバン。大野くんはゼミの先生に連れられて、このタクロバンのある内陸の住宅街でバスケットコートを復旧するというプロジェクトに参加することになりました。そのプロジェクトは結果的には話が流れてしまったそうですが、その時隅々を散策する中で、タクロバンの海岸部のスラムを訪れた大野くんの目に写った光景は、それは衝撃的すぎて言葉を失うほどだったそうです。

「これは、ヤバすぎる・・・」

 

 

生活の復旧に向け、地元の人が突貫で作る建築物は、どれも技術的に大変未熟で、めちゃくちゃな工法。ちょっと風吹いたらすぐに飛んでいきそうな建物をまた作ってる。

 

「・・・この人達に、自分の学んだ建築技術を伝えることができれば・・・」

 

 

やはり地元に住んでみないと地元の人の気持ちには近づけないし、心も通い合えない。よしっ、ならば住んでみよう!と思いたち、ちょうど卒業制作も控えていた大野くんは、トンカチとノコギリだけを握りしめて、再びタクロバンの地を目指したのでした。

 

それから誰も知り合いもつてもないタクロバンに住みながら、建設用地を探したり、資材調達ルートを探したり、各方面と折衝したりする毎日が続きました。

ようやく建設開始までこぎつけて、約3週間かけて自身の考える、丈夫で工期もスピーディーに作れる住宅を完成させることに成功しました。タクロバンに来てから、すでに2ヶ月近くの月日が経っていました。

そして、その住宅を卒業制作として発表しました。しかし、現地の人のマネジメントする能力や、材料の調達など、100%満足の行く建築物の完成には及ばず、もんもんとします。そして、この時大野くんは密かにある決意をします。

「もっと自分の技術を磨かなければ!磨いてまたここに戻ってこよう」

 

 

その後、大学院へと進み、大学でもプロジェクト化してもらった事をきっかけに、大学院一回生で別のプロジェクトを立ち上げたものの、持病の再発により、自身が携わることを断念。

 

そして、大学院2回生になり、タクロバンで自身が建てた住宅のリベンジをするため、自分に足りていない技術を学ぶ修行に出ます!

 

次回はそんなインドとウガンダ修行の話。

PART2につづく・・・

 

 


 

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誰も知らない、建築家の卵がTaclobanで大仕事 PART1

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誰も知らない、建築家の卵がTaclobanで大仕事 PART1” への4件のフィードバック

  1. タクロバン、自分も見てきました。去年の事なので大分復旧していましたが
    いたるところにまだ被災の面影がありました。

    都市部から離れた所に仮住宅がたくさんありましたが、環境はあまり良くなく
    電気が来てない状態や、窓が無く風通しが悪い為、熱い状態を見てきましたが
    自分では何もできる事はなく、ただただ茫然とするだけでした。

    その中で、大学院生ながらタクロバンの為にいろいろ活動している事は
    素晴らしい事だと思います。

    陰ながらに応援しています。

    1. DAIさんこんにちは。実際に現地を見てこられたのですか?ただでさえ工事の遅さが目立つフィリピンの施工ですから、完全に復興するのはまだまだ時間かかりそうでしょうか・・。
      仮設住宅も見てこられたのですね・・・やっぱり暑かったですか。大野くんもそう話していました。彼自身はいわゆるフィリピンの田舎の町の風景の中には、実はいろんな機能があることを知り、それが新しい住居では完全に失われてしまっていると指摘していました。ね、ほんと立派なことですよね。今後も私同様(笑)陰ながらの応援どうぞよろしくお願いします

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